脊髄小脳変性症(SCD)はおもに小脳およびそれと機能的に関連している神経系統に限局した変性をきたす疾患群の総称です。その中には、発病年齢や症状の異なった複数の疾患があり、各々の原因も異なっています。診断には専門医による詳細な神経学的診察と簡単な検査が必要です。原因については、遺伝性SCDにおいては当該遺伝子と起因変化が特定されていますが、20%程度はまだ原因が特定されていません。さらに、全SCDの70%程度を占める非遺伝性SCDについては、原因は不明のままです。北大神経内科は日本中のたくさんの共同研究施設と連携しながら、治療に役に立つ手がかりを得ることを目標に研究を行っています。
北大神経内科では多系統萎縮症(MSA)の患者さんを対象に、この病気の自然歴調査や疫学研究を目的としたコホート構築に取り組んでいます。対象は北海道内に居住しているMSA患者さんです。MSAの克服に向けてご支援をお願いいたします。詳細はHoRC-MSAホームページを是非、御参照ください。
現在、神経変性疾患、免疫性神経疾患(アルツハイマー病などの認知症疾患、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、多発性硬化症など)の診断は、診察と画像検査によってなされていますが、その病気の活動度や重症度を評価することに役立つ血液、髄液や尿中の分子マーカーを探索する研究を行なっています。さらに新たな神経生理学的検査や新たな脳画像解析法を考案してその有効性を検証しています。これらの指標の活用して、われわれは共同研究施設と協力して、診断と重症度評価に役立つ物質を発見して、より早く病気を診断し、適切に病気の進行の評価をし、そしてよりよい治療ができるようにすることを目標に研究を行っています。
多発性硬化症(MS)は、脳・脊髄・視神経などに病変が出現・消退することが特徴の炎症性脱髄疾患です。近年、再発予防効果や進行抑制効果のある疾患修飾薬が数多く開発され、早期から有効性の高い疾患修飾薬を使用することによって、長期予後を改善することができることが報告されています。一方で、積極的な治療を行わなくても再発や進行を起こすことなく経過する、予後良好例 (Benign MS)が存在する可能性も示唆されています。治療選択肢が増えたことにより、それぞれの患者さんに合った治療を選ぶことがとても重要となっています。MSは高緯度地域で有病率が高いことが知られており、日本では北海道で有病率が高い傾向にあります。北大神経内科および関連病院にも多数の多発性硬化症患者さんが通院されておりますので、積極的に治療するべき患者さん、予後良好例になる可能性が高い患者さんの特徴を見つけることを目的とし、これまでに蓄積した臨床データのまとめ・解析を行っております。また、わずかな再発や症状の進行があった場合にも速やかにそれを認知し、適切な対応(薬剤変更など)を行う必要がありますが、わずかな症状の変化は医師のみでなく、患者さん自身も気づくことができない場合があります。北大神経内科では患者さんのビデオを、人工知能(AI)を用いて解析することにより神経難病患者さんの症状の強さを正確に評価する試みを行っております。この手法を多発性硬化症患者さんにも応用し、わずかな症状の変化を覚知できるようにすることを目的とし、臨床研究も行っております。加えて、患者さんから協力いただいて、患者さんの血液や髄液を使用して、正確に診断するための助けとなったり、病状を正確に評価するために役に立つ“バイオマーカー”を見いだす研究も行っています。
北大神経内科では、生検筋組織の標本作製と病理組織診断を一貫して行っています。通常の組織化学染色に加えて、免疫組織染色や遺伝子検査も行っています。院内他科はもとより、道内各地の基幹病院神経内科から検体を受け付けています。
診断は筋病理に詳しい専門医により行われています。さらに鏡検画像をデジタル画像化して、基幹病院と教室を結んでweb上で「病理カンファレンス」を開催することにより、各施設神経内科医も討議に参加して意見交換しています。この体制構築により、遠隔地であっても筋疾患の診療と卒後研修が可能となりました。
神経変性疾患には多様な疾患が含まれ、神経疾患ごとにさまざまな高次脳機能障害を伴うとされています。アルツハイマー病などの認知症関連疾患では、その特徴が十分に検討されていますが、運動症状を主症状とする神経変性疾患(例えば、パーキンソン病や多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、筋ジストロフィー)では、その特徴については十分に検討されてはいません。大部分の神経疾患は運動症状が進行し、療養生活を余儀なくされますが、適切な療養体制の立案に際しては、現時点でどのような高次脳機能障害が存在し、今後どのような高次脳機能障害が発症し得るのか予測することが重要です。例えば高次脳機能障害の特徴が明らかにされているアルツハイマー病や前頭側頭型認知症では、その特徴から前者は記銘力障害による症状への対策を中心的に講じる必要があり、後者では性格変化や常同行動を念頭においた療養体制の構築が必要です。このように、各疾病における高次脳機能障害の特徴が明らかとなれば、それは介護計画を作成するにあたり重要な指標となります。北大神経内科には専属の臨床心理士が配置されていて、神経心理検査が日常診療の中で行われています。
北大神経内科では、sequence解析、array CGHによるゲノムコピー数多型解析、定量PCR解析、マイクロRNA解析などを行い、診療および研究に活用しています。研究室には遺伝子解析に関する最新機器が整備されています。
細胞表面抗原に対する抗神経抗体の同定が進み、神経疾患と抗神経抗体が関与する自己免疫性神経疾患の概念は飛躍的に拡大しています。特に2000年以降には多数の新規自己抗体の報告がなされており、細胞表面抗原に対する抗体の重要性が注目されています。当教室では、2010年より既知の抗神経抗体が陰性であるも臨床経過や治療経過より免疫学的機序が想定される疾患に注目し、膜タンパク質に対する新規自己抗体同定を行ってきました。その結果の一つとして、2014年に亜急性に小脳性運動失調症を呈した例からSez6l2抗体を世界で初めて発見しました(Yaguchi and Yabe et al. J Neurol 2014)。Sez6l2タンパク質はⅠ型膜タンパク質であり、われわれはSez6l2抗体がSez6l2タンパク質の細胞外ドメインを認識し、タンパク質間の結合を阻害することを証明しました(Yaguchi and Yabe et al. BBRC 2017, Yaguchi and Yabe et al. J Neurol 2018)。その後、諸外国から相次いで同抗体陽性例の追加報告がなされ、早期かつ強力な免疫療法の有用性が報告されるに至っています(Borsche M et al. J Neurol 2014, Land J et al. Neurol Neuroiimunol Neuroinflamm 2021, Mehidiyeva A et al. Neurol Neuroiimunol Neuroinflamm 2021)。今までの報告を総括すると、Sez6l2抗体を伴う神経疾患の臨床症状は『小脳性運動失調を前景とし、認知機能低下やパーキンソン症状を呈することもある』ということになろうかと思います。また、既報例では一様に画像所見や髄液所見に乏しいことが報告されており、抗体測定は診断的意義の観点からも重要であることが推定されています。われわれは今後同抗体のさらなる病態機序を検討することを目的に研究を継続しています。
北大神経内科では、現在共同研究という形でSez6l2抗体の測定を受け付けています。測定に関しまして下記連絡先までご連絡ください。
北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野 神経内科学教室 阿部恵、工藤彰彦、矢口裕章
E-mail: n-autoantibody[at]pop.med.hokudai.ac.jp
Copyright Department of Neurology, Faculty of Medicine and Graduate School of Medicine, Hokkaido University. All Rights Reserved.